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食べこぼしたご飯粒がカピカピになって貼りついてるポロシャツみたいなブログ

おじさん拒絶

男の作詞家先生が女性になりきって、女性歌手に歌詞を書いてた時代

 

それのクオリティにもグラデーションがあるけど

 

 

男が作ったものの最後のアウトプットを女がする。

 

という流れ。

 

いまだにあるよな。いろいろ。逆ももちろんあるし。

 

 

 

CSをザッピングしていて、たまにアニメ専門チャンネルにあってしまう瞬間。

 

 

マジで絵に描いたような(というか絵なんだが)、顔の半分が眼球みたいな顔の女の子がアニメ声にさらにディストーションかけたみたいな大変な事になってる場面に出くわして

 

「これはなんなんだ」と考え込んでしまうことがある。

 

 

作品であり、消費物だから、需要は当然あるわけで、なにもかも十把一絡げで否定するつもりはない。というか否定じゃない。

 

どういうことなのか、受けとめられなくて、時が止まるのだ。

 

 

それに興味が持てないのはなんでなんだろうと。

 

 

おじさんはおじさんが好きじゃないという定説があると思うのだが

 

ようはそういう事なんじゃないかと思った。

 

画面上は美少女キャラが喋っているが

 

それは美少女キャラという、もはやステレオタイプな記号としてしか認識出来ず、向こう側にいる製作者のおじさんがすんごい透けて見えるのだ。

 

おじさんの自慰行為を見てるような気分になるのだ。

 

だから興味が持てないんだ!!

 

あーすこしわかった。

 

 

でも、なんつーか、そんなんじゃない作品もいっぱいあることを一応知ってるつもりでもいて、世間的にそれなりに評価をされている作品って、やっぱバランスがとれてて、女性を女性の声を出すだけの道具として蹂躙なんかはしてない感じがする。その作品の中でちゃんと一人の女性としてキャラクターが立っているというか。

 

 

ちょっとえげつない言い方しちゃったけど、批判じゃなくて、ただ、なんか、ふと思ったのよ。

 

 

あと女性原作のマンガを男性演出で映像化したりする場合、ズレてることが多い気する。

 

何れにしてもべつに性差別的であるべきでないとか、どちらかの性別がエゴをおしつけてくるのはよくない!とかいうわけじゃなく、むしろ世の中そんなもんだから、作品内でそれが描かれてても別にいいんだけど、意識して描かれてるんじゃなくて、無意識で結果的に滲み出ちゃってるダサさというのかな。

 

ただ見る側も、無意識だと怖いな。

 

アダルトビデオをセックス教材として認識してしまうのと同じように受け取ってしまう人がいるのなら、世の中にそいつの受け皿はないだろう。

 

 

いや、あるのか。

 

 

すごい世の中だなぁ。

 

 

むしろ俺の受け皿がないっての。

マイノリティとマジョリティがこんなに入れ替わるなんてなぁ。

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