social suicide ~余談と脱線がメインコンテンツ~

食べこぼしたご飯粒がカピカピになって貼りついてるポロシャツみたいなブログ

ニッポン放送が毎年やってるラジオ・チャリティ・ミュージックソンで思い出すこと。

ニッポン放送が毎年違ったパーソナリティ(喋り手)を迎え、クリスマスに「ラジオ・チャリティ・ミュージックソン」という24時間ラジオをやるのです(今年はオードリーが担当しました)が、わたしはどーもこの番組名を聞くと、むむ!となってしまうのです。

 

その理由は

 

 

当時好きだったアイドル内田有紀の喉がつぶれたから!笑

 

 

もう22年も前(!)になりますが、1995年のラジオチャリティミュージックソンのメインパーソナリティは、当時バリバリのトップアイドル内田有紀さんが担当しました。

 

放送内容はぜんぜん覚えてませんが、時間が経つにつれパーソナリティである内田有紀さんの声がどんどん枯れていったことだけは印象に残っています。

 

24時間の放送を終えるころには、アイドルにしちゃぁ、ボヘミアン(葛城ユキ)感がありすぎる、まーそれはそれはみごとなハスキーボイスになりました。

 

 

また彼女はこの(1995年12月25日)時点でアイドル歌手として以下の4曲のシングルを出しておりました。

 

 

デビュー曲

TENCAを取ろう!-内田の野望-(1994年10月21日)

 

2曲目

明日は明日の風が吹く(1995年4月5日)

 

3曲目

Only you(1995年4月21日)

※関係ないけど、前作から発売が2週間しか空いてない!ペースがおかしいぞw

 

4曲目

BABY'S GROWING UP(1995年8月18日)

 

 

そこそこ売れて来ていましたが、ここまででそれなりにアイドルらしい艶のある声は失われます。

 

5曲目

幸せになりたい(1996年1月24日)

 

これ、ひょっとするとレコーディングはラジオチャリティミュージックソン以前かもしれませんが、テレビ出演などは当然その後なわけで、まぁ声がハスキーで聴いてて辛かった思い出があります。完全に口パクで出演してる番組もありました。

 

声というのは結構重要なもので、どんなに好きなひとでもそれが変わってしまうと、ちょっと受け入れ難いものがあります。

 

たとえば、あんなに好きで見ていたつるピカハゲ丸くんや、おじゃる丸も途中で声優さんが交代し、主人公の声が変わってしまって、なんか冷めてしまったという事象がありました。

 

こころの中のドラえもんはいまだに大山のぶ代の声だというひとも多いでしょう。 

 

※最初に出した例えがマイナーすぎたのであわててメジャーなものを引っ張り出してきましたが、後の祭りでした。

 

というわけで、この件を内田有紀つるピカハゲ丸くん事変としてまとめておきたかったので、ここに記しました。

 

お付き合いありがとうございました。

 

ただ、これだけは言っておきたい。

 

内田有紀さんは全然好き。

 

ハスキーでもいい。

なんならシベリアンハスキーとか飼うし。飼ってるし。8頭。玄関に犬犬犬犬犬犬犬犬ってシールいっぱい貼ってあるし!好きすぎて俺も青い目になりてー!つってカラコン入れてるし、カラオケいったら、カラーンコロンカランカランコロンって古い鬼太郎の歌しか歌わないし、ラジオは文化放送大竹まことのゴールデンラジオにきたろうさんが来た時しか聴かないし、きたろうさんのポスター家の壁とか天井に貼ってるし。「きたろうさん寝る時はいつも見守っててね」って思ってるし、ポスターカラーで二の腕に「きたろう命」ってタトゥー風に書いて暮らしてたけど、風呂で洗って落ちたから、ちゃんと彫った結果、大好きな近所のサウナに行けなくなったけど後悔なんかしてないし、泣いてないし、地位も名誉もないけど、そのぐらい内田有紀さんのことは大好きです。

 

ただ、米〇涼子が好きじゃなさすぎて、あのドラマは観てません!

 

好きさをアピールする方法を間違えて、ちょっと大げさというか、完全なるウソを重ねて、最後ひょうたんから駒的にほんとのこと言っちゃいましたけど、悪気はないんだということだけ覚えて帰ってください。

 

 

どうだい?

 

時間の無駄だっただろう?

 

それではみなさん!

 

メリークリスマス!

ミスターローレンス

メリークリスマス!

 

菊次郎だよバカヤロー!

 

わからない。自分がわからない…。

 

 

内田有紀 パーフェクト・ベスト

内田有紀 パーフェクト・ベスト