時給100,000,000円への道を歩みながら〜余談と脱線がメインコンテンツ〜

食べこぼしたご飯粒がカピカピになって貼りついてるポロシャツみたいなブログ

心の解像度

昨日友人とたくさん話した。

生きてればいろいろある。
死んでるように生きていてもだ。

ほとんど忘れて生活してるし、別にいちいちすべてのことを思い出したり反芻する時間を持つこともない。



あれから10年ぐらいか。

出会って、愛まで行かない、焦がれている最中ぐらいのひとが病気で亡くなった。脳腫瘍だった。

お互い独身だったけど、遠くに暮らしていて、それぞれ生活や人生があったし、それをその後に重ね合わせるほど深い仲にはならなかったかもしれない。


離れたところに発生した台風は非常に大型で瞬間最大風速が強かった。

俺は、その台風がいる地域にある程度の覚悟をして事前に知っていながら旅行へ行って、「あぁ台風だな」と思って帰ってきた。

あくまで自分には遠くの台風であって、家がある東京に台風が上陸することはなかった。


ただ、その旅行先に引っ越そうかと思ったことはあった。


しかし、急速に発達していると思っていた台風は急に消えた。忽然と消えた。




10年経った今

そんなこと思い出したり考えることはない。


ただふと、なんか最近気になるなと思って観直した、

十代の頃に観て一番好きなだなと思ったアニメ(カウボーイビバップ)の最終回にキザ臭いセリフが出てきた。


「死んだ女のために出来ることなんて何もないさ」


(もちろん作品をはじめから最後まで観て臭いなんて思わない。今そこだけ抜き出したらってだけの話)


それを吐いた主人公は結局のところ、女のために死にに行くんだけど…。




まぁ現実に戻って

さすがに恋人を亡くすのが当たり前とは思わないけど、乗り越えたり忘れたりして生きてくしかない。


恋人じゃなくても人を傷つけたり傷つけられたりすることはいつだってあるけど


そーゆーの、いちいち気にして人生すごすのはもうやめにしていこうかと思って半年以上経つ。


わりと心の解像度が高い方で、いろんなことが見えすぎる。


感じ過ぎる。


自分がわりとそうだったので、友達もそういう人が多かった。



なにかイベントに参加して、それをSNSで一枚写真をあげて、いちいち長いキャプションでお礼を述べたりするようなひととか



楽家で大成してるが親としては毒親な親に育てられて、なんやかんや姉がオーバードーズで亡くなって、自分もなんやかんやあってメンヘラで…とか



とにかく気が付きすぎて黙り込むタイプのひととか


まぁもっと不器用なひととか多様にいるけども



とにかくみんな心の解像度が高い。


それに対して今の世の中は情報量が多すぎると思うのよ



だからね

ほとんど見ないほうがいいと思う。




好きな音楽を聴いて楽しむならいいけど


それと同じように出来ない自分を

努力ができない自分を

自分で蔑んだりするぐらいなら聴いたり見たりしない方がいい



目を閉じ、耳をふさいで何も考えない時間がいかに尊い


サウナとか流行るのもそういうことでしょう。




心の解像度が高いひとでも、自分にその目を向けて丁寧に見つめることは難しい。

自分って本当に見えにくい。


だってさ


最新の高性能デジタルカメラなんてめちゃくちゃ解像度高いし、目の前のものならすんごい細かいところまで写せるけど、

カメラ自身の中の光学センサーやバッファメモリーとか基盤とか絶対に写せないじゃないのよ。



物理的に目の前に置けないものって普通は見えない。



人間だって、肉眼で自分の顔すら見れないし。


(鼻先と舌先ぐらいだよね)


でもひとは物理的だけな存在ではないから


自分の中身に、心にアクセスすることは出来る。


まずは解像度の高いセンサーを持ってることに自信を持って、外に向けていたそれを内に向けて見つめてみることかなと思う。


そうすると、外に向けてることがいかに長すぎたか、多すぎたかと気づく。


俺は気づいた。とりあえず気づくことは出来た。



他人に口出したり出されたり、傷つけたり傷つけられたりするの、あんまり有効的な時間の使い方じゃないよな…って。


情報化され過ぎてる都会は疲れるし、田舎にいてもスマホ見るだけで一日、一週間、一年が秒で終わる。


他人の発言や作品や人生を見ているだけで時間が過ぎていってることがすごくもったいない。



子育てで教わることは多い。

子供はなんでも自分でしたいんだ。

嫌なときは泣くし、逃げる。

楽しいことは寝るのも忘れてずっとやる。



それをキープオンするの難しいって勝手に決めがちなんだ。子供の頃は出来てたのに。



クソな社会と思いながら、社会性を大事にしすぎて病んだりするのマジ無駄じゃない?


自分の世界を作らなきゃいけない。


自分の城や自分の価値は自分で決めて作ってくんだけど、多く見積もってもあと数十年しか時間がない。ま、それに明日死ぬかもしれない。かと言って一夜城じゃ味気ない。



このブログは俺のための俺のブログであって、君は君のやりたいことをやればいい


いつかまたどこかで目が合うことがあったら「おー、やってるな」とお互いに思うだけでいいんじゃないか

そうやって色々さよならしていくよ。